身体の使い方を学んでラクになる・上手くなる。吉祥寺駅徒歩5分

「歩く」その①

カテゴリ: アドバンスクラス バングラデシュで経験したこと

先日のアドバンスクラスでは『歩く』をテーマに取り上げました。

今回もいろんな動画から模倣・分析・実験を行いました。

さて、その動画からいろいろと面白い事が見えてきたので今日はそこのところをシェアしていきたいと思います。

まずはこちら

①現代日本人が歩く様子(2分30秒くらいから)

これは、なじみがありますね(笑)

②現代の西洋人の歩き方

疲れてません?ちょっと固い感じがします。現代の日本と似てますね。

③マリ(アフリカ)の人が歩く様子(2分くらいから)

すっとしていながら緩んでいる人が多いです。特に、頭に物を載せて歩いている人の様子を見ると、上半身が揺れてバランスを取っているのが見えます。

①と②は身体を固めて前めて、頑張って前に進んでる感じ? 疲れている感も見えます。

③の歩き方は頭と脊椎が自由になっていて、上に向かってすーっと伸びて行く感じがあります。楽そうですね。

取り上げた日本やロンドンの動画が通勤時間の様子ということで特に急いで目的地に向かっているという緊張が含まれいると思います。

田舎と都会、休日と平日では歩き方に差がでてくると思いますがいが、最近の日本は忙しくていつも時間に追われている人が多いので、それが習慣になっている部分はあると思います。

数年前に友人がバングラデシュから生徒をつれて来た時に一緒に街を歩いたのですが、身体の使い方やリズムが違いすぎて違和感ありありだったのが凄く面白かったですね。

日本に長年住んでいる外国人の方はとけ込んでいてあまり目立たないと思います。

自分もバングラデシュに行った頃は逆に固い身体の使い方で目立っていたんでしょうね(笑)

最初はいい意味でも悪い意味でも街を歩けば声をかけられまくってましたから。

1年ぐらい過ぎた頃からは街を歩いていても声を掛けられることもなくなりましたが、逆に日本に帰ってきた時に凄く違和感を感じたことを思い出しました。

心理や模倣に加えて、周りの環境などいろんなものから影響を受けている歩き方や佇まいですが、無意識に影響を受けて固まるのではなく、自分でラクな歩き方を選べるようになるといいですね。

次回はいつ頃から日本人の歩き方が固くなったのか?についてレポートします。

おまけ  バングラデシュの様子

運慶展―仏像に動きが見える時

カテゴリ: 滝波日香理

火曜日の夜を担当している滝波日香理です。
先日、上野の東京国立博物館に運慶展を見に行ってきました。

面白かった~!楽しかった~!
噂には聞いていたのですが、仏像さんたちが、今にも動き出しそうなんですよ。
会場にいた人たちからも口々に「リアル」「まばたきしそう」などの感想が聞かれました。
私たちはもちろん、仏像が動かないことを知っています。
それなのに、なぜそこに「動きだしそうな気配」を感じるのでしょう?
そこに一体何を見ているのでしょう?

そこで思い浮かんだのが、アレクサンダーテクニークのレッスンです。
生徒さんの動きを観察しているときに、
静止していても「いつでも動ける状態だな」と感じたり、
その逆に動いていても「どこかで動きを止めているな」と感じることがあります。

「感じる」と書きましたが、実際は観察・分析しています。
からだ全体が頭の動きとどのように連動しているか、
どちらの方向に向かって動こうとしているか、
どこに力が入っていて、何が動くことを邪魔しているか…など。

つまり、仏像さんたちが「動きだしそう!」と感じるとき、
私は筋肉の質感や関節の連動性、動きの方向性を見ているのかな?
私がしたような分析はしないまでも、
誰もがそういうことを瞬時に認識する目を持っているのだと思います。

今回の展覧会では、仏像さんたちを側面や背後からも見られます。
仕事柄、その立ち方・座り方が気になって側面から眺めてみたのですが、
やはりどれひとつとして、いわゆる「気をつけ」をしていません。
でも姿勢が悪いかと言えば、そんなことは全くなくて、
「正しい立ち方」としてよく図解されるように、
横から見たときに耳・肩・股関節・足首に真っ直ぐな線が引けるような、
安定感のある立ち姿をしています。
背中が長くて、広くて、とてもきれいでした。

あと面白かったのが、邪鬼です。
仁王さんや四天王さんに踏まれて苦しそうにしている、あの鬼たち。
その踏みつぶされ方が、それはもう、実に見事なんですよ。
邪鬼だけを写したポストカードがあったので、嬉しくなって買いました。
写真をごらんください。

邪鬼

どれもこれも、例外なく首根っこを押さえつけられていますね。
脊椎動物は、ここを押さえられると動けなくなります。
F.M.アレクサンダーの発見した原理が、まさにこれです。
加えてもうひとつの要である仙骨のあたりも押さえられていますから、
これはもう、どんなにあがいても身動きできません。
昔の人はそうしたことをよく知っていたのでしょうね。

展覧会の目玉のひとつ、国宝「八大童子立像」も見事でした。
こちらもポストカードですが、ごらんください。
とりわけ目の表情が見事で、感情や性格までが伝わってくるようです。
彼らをじっと見ているうちに、むくむくと台詞まで浮かんできました。
右の人からアテレコ(?)してください。

童子1

烏倶婆誐童子「うお~、腹へったな~!今日の昼飯どうするよ?」
清浄比丘童子「うぐぐ…私はダイエット中ですから、昼飯はがまんします」
恵喜童子「俺は肉だな! こいつで獲物をブスッとしとめに行くぜ」

童子2

衿羯羅童子「私は畑に植わっているサトイモで充分です」
制多伽童子「ふむ、サトイモか…あれは味噌をつけると素晴らしく美味いのだ」
恵光童子「お前ら昼飯って言うけど、まだ10時だぞ! ほら次の現場行くぞ!」

現場って、どこ…? って感じですね。私にもよくわかりません。ハハハ。
繊細な目の表情に、ついつい想像力をかきたてられてしまいました。

目と後頭下筋はつながっているので、
目が生き生きしているとき、たいてい体は自由に動けます。
そんなところからも、動かないはずの仏像さんに動きを感じるのでしょうね。

運慶展、おススメです!
ぜひ本物を見て感じてください。

小学生が肩こりですって!!

カテゴリ: FUN! 高椋浩史

こんにちは、高椋です。この土日は実家(京都)に両親の面倒を見に(レッスン&施術をしに)帰っていました。

 丁度、弟一家も遊びに来ていて、(長野でムクノモリ果樹園をやっている方です)甥っ子達とも会うことができました。

で、今回の主役は甥っ子くん。 

僕が父に施術している様子を見ていて、「自分もやってほしい」とのたまうではありませんか。

そこで、20分ほどテーブルワーク(床ワークですが)をやってあげたら

「あー、楽になった」 だそうです(笑)

おい、おい、小学生がとツッコミたくなりますが、最近は肩こりの小学生も多いそうですね。

彼の名誉のために言っておくと、彼はゲームばかりで運動をしないタイプではありません。

むしろ、毎日遠くの学校まで歩いて往復しているし、サッカーもやってるし、果樹園の手伝いもしているしで体はよく使っている方です。

ただ、なんでも頑張りすぎてしまうタイプで、必要以上に力を入れて動いてしまうという特徴がありました。

 なので、最後は手の使い方をレッスンして終わり。

次の日も楽そうな体の使い方で動き回っていました。(子供は変化が早いですね。)

 先日、ある生徒さんからも子供に筋膜リリースを受けさせたら全然変わったという話を聞いたばかりだったので、子供向けのレッスンって結構必要かもって思いました。
 
子供だけではなく、親が疲れていてついつい子供に当たってしまう、そして、子供が萎縮してしまうなんて場合は、親子で受けてもらうといいと思います。

まあでも子供達とレッスンするのは楽しいです!

帰りの新幹線、チケット取ってなかったので立ち乗りでした。連休舐めてました(苦笑)

*もうしばらくしたら、レッスンに来てくれた方にムクノモリ果樹園のりんごをプレゼントするという企画をやりますので、乞うご期待!

ではまた。

痛みの正体?

カテゴリ: アレクサンダー・テクニークのこと 肩こり腰痛の話 高椋浩史

こんにちは、高椋浩史です。今日は心と身体の繋がりについて、肩こりを例にして書いてみました。

〜〜ここから〜〜

昔、アレクサンダー・テクニークって自己啓発?宗教?と聞かれたことがありました。

心のことを扱っているAT関係のブログなどが多いということもあるのでそう思われたのかもしれません。

当時は、「違います!」と懸命に説明していましたが、今だったらどっちでもいいかなという感じです(笑)

心のことを扱うのがそうであるということであれば、そうともいえるし、身体も扱うので身体教育メソッドという言い方もできます。

本当は心と身体を含めた人間全体を対象にしているのですが、言葉で表現するのが難しいので、文章だと心寄りのアプローチ、身体寄りのアプローチというような表現になることが多いのです。

では、ここで 心と身体はひとつであるという例をひとつ。

例えば”肩こり”

 これは、「頑張るのが好き」「人といるのが苦手」「文字をはっきりと見たい」などの心の在り方が、周りの状況に反応し身体に緊張を生じさせ続けた結果、起こるものです。

ですので、「自分の心は変えたくないんだけど、肩こりは治したい。」というのは無理な注文であるということが分かると思います。

筋肉を緩めて一時的に緩和することはできるけど、心が変わらない限り、また同じ刺激に反応して”肩こり”という同じ結果が現れます。

アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、最初は頭と脊椎の緊張をとっかかりにレッスンを進めていくことが多いのですが、次第に「これは自分の心と向き合うことでもあるんだ」と気づく日がやってきます。

稀に「楽〜!」とレッスンで体験した新しい”身体の変化=心も変わっている”をすぐに受け入れてしまう人もいるのですが、多くの人にとって心(信念)を変えるのは難しかったり、怖かったりします。

ですので、変わりたいけどなかなか変われないという時期が続くことも。

それでも続けると、ある日

「あれ、なんか違うなー? そうだ、肩こりがなくなっている!!」と自分の中から肩こりが消えていることに気づく瞬間がやってきます。

そうなると、これまで持っていた心のクセもなぜか気にならなくなっていて、「なんかちょっと雰囲気変わったね」と言われることもしばしば。

脳神経系に於いては新しい神経回路が作られて、そちらが優位になった状態です。

ここまでくると、もう肩こりに悩まされることはないと思います。

ですので、本当の意味で言うと肩こりが治るためにはここまでのプロセスが必要です。

ちなみに、スポーツやダンスの動き、演奏や表現活動から日常動作に至るまで、人間の動きには元になる心の在り方が存在します。それが適切なものであれば身体が上手く表現してくれますし、上手くいかない成分が混じっていれば問題を生み出したりします。

現代人は心と身体を別のものとして考えていることから、いろいろとややこしくしていることが多いように思います。

身体=心 の声を聞いて、素直に動く。  

子供のように「やりたいからやる!」ということができればシンプルなんですけどね。。。 

ぜひ、そうなりたいものです。

情報の使い方

カテゴリ: アレクサンダー・テクニークのこと 高椋浩史

こんにちは、高椋です。今日はアレクサンダー・テクニークを学ぶ際に情報をどのように生かせばいいのかについて書いてみました。

 先日、『運動学習とニューロン新生』というテーマで記事をアップした後、ある生徒さんから、「アレクサンダー・テクニークを学ぶのにこのようなことを知っておく必要はありますか?」と聞かれました。

僕の答えは「必要ないですよ。」でした(笑)

その前の記事『天才の学び方』でも述べていますが、アレクサンダー・テクニークを学ぶ際にも、一番大事なのは体験して出来るようになる、そして腑に落ちる。というプロセスです。

ATを学んで肩こり腰痛を改善したい、何かが上手くなりたいというような自分の為に使いたい場合、脳科学などの情報は全く必要ありません。

場合によってはボディマッピングも、さらに言えば、F.M.アレクサンダーの書いた本も読む必要はないでしょう(笑)

もちろん、興味のある人、教師になりたいという人は別ですが。

情報(知識)は出来るようになるために絶対に必要なものではありません。では、これらの情報はどのように使ったらいいのでしょうか?

その前に、まず良くある間違った情報の使い方の一例を。

それは、身体に情報(知識)を押し付けることです。

例えば、脊椎は逆S字にカーブしているからとそのようにしようとして、逆に背中を緊張させてしまうことがあります。

生きている身体は常に動いているものです。そこに、情報(固定されたもの)を押し付けると身体は窮屈ですよね。でも、身体は素直なのでその通りに表現(緊張)してくれます。

 このような例は、いろんなパターンで見られます。その場合、レッスンでは、生きた動き、一瞬一瞬に起こることとして捉え直してもらったりします。

では、情報を上手く生かすにはどうすればいいのでしょう?

一つはモチベーションを上げるという使い方があります。

なんでやるのか? どのようにいいのか? などが明確であれば「よし、やろう、続けよう」というモチベーションに繋がります。特に大人の場合は。

ただ、先日の記事で友人のフィットネスコーチが、「シニアの方に運動すると良い脳内物質が出ることを教えると、はりきり過ぎて故障するまで頑張ってしまうことがある。」と教えてくれました。

モチベーション、あがりすぎちゃったんですね(苦笑) 

教える人が情報をどう使って行くべきかを考えさせられます。

他には、やはり知っていると早い場合があります。

例えば、ボディマッピングをただの骨や筋肉の仕組みではなく、
  
動き方の理屈、原理が分かる → 間違った動きが抑制される → 原理に則った自然な動きが現れる。

という使い方ができると早く変化を体験することができます。これは、知識を使える情報に変換できたと言えるでしょう。

”情報を生きたものに変換する”、この部分は目に見えないので言葉にすることができません。

ですが、これが上手い人はコーチや先生の言語による指示を上手く体現できます。

習い事をしていても、上達が早い人っていますよね。

アレクサンダー・テクニークのレッスンでは、その辺りのコツがつかめるようになるので習い上手にもなれます。

情報(知識)は使い方しだいで毒にもなれば薬にもなるということを頭の片隅に置いておきたいですね。

涙のシャチハタ事件

カテゴリ: 滝波日香理

こんにちは。火曜夜を担当している滝波日香理です。

私はアレクサンダー教師をしていないときは、会社員をしています。
このところ会社の仕事が忙しくて、ブログの更新もままならず。

先週から今週にかけては、大量の郵便物の発送準備をしていました。
数種類の文面を作って、文面チェックにさしこみ印刷。
それから宛先データを用意して、封筒に印字。
郵便物を作るって、結構気を使うのです。

今日はその封筒に、「○○在中」というはんこを押していました。
そう、はんことスタンプ台が一体になった、あれ。
日本人なら誰もが知っている、シャチハタというやつです。

当初のスケジュールでは、今日発送するはずだった郵便物。
色々と予期せぬ事態が起きて、予定は遅れに遅れ、私はかなりあせっていました。

猛スピードで何百通の封筒にはんこを押す。
途中、赤い色が薄くなってきたので、私はインクを補充することに。
しかし……インクを足せども足せども、色がちっとも濃くならない。
もっと必要なのか? そうなのか?
いぶかりながらも、私はインクをドバドバと足しました。

その後、ちょっと別の仕事をはさんで、
小1時間ほどしてから、私はまたシャチハタ業務に戻りました。

すると…どうもシャチハタの様子がおかしい。
ペコンと押す。
よし、色が濃くなっている。
しかし、スタンプ面が……元の位置に戻らない。
さっきまでは、あんなに軽快なリズムで動いていたのに、なぜだ?

どうもインクの粘り気で、すべりが悪くなっているようだと
思ったそのとき、私は、ありえない光景を見たのです。
シャチハタが、血の涙を流しているのを。
しかもそれは本来インクが出るべきスタンプ面ではなく、
インクを補充するときに開けたフタのあたりから、
赤い液体が、じわじわ、じわじわと流れ出ているのだった…

ひゃああああああ!
人気の少ない夜のオフィスに、私のかすれた悲鳴がこだまする。
あわててティッシュでインクを拭うも、
みるみる染み行くインクの勢いに、なすすべもない無力な私。
あわれ鼻血か切り傷か。
このティッシュ、掃除のおばちゃんが見たらびっくりするな。

「○○在中」「○○在中」「○○在中」「○○在中」…
手近にあった裏紙をつかみ、シャチハタを狂ったように押しまくる。
しかし、血塗られたようなその刻印は、どう見ても果たし状。

どれだけの数、にじんだ赤いはんこを押しただろうか。
ようやくインクの出が落ち着いた頃、私は静かに悟ったのだった。
シャチハタのインクはすぐには滲みこまないということ、
そしてインクには適量があり、それはほんの少しで良かったのだということを。

えっ、その時の頭と脊椎の関係性ですか?
はい、サッパリ忘れてましたとも。
なんか、アレクサンダー的にいいオチにしようと思ったけど、
書いてみたら、なんか楽しくなっちゃったから、もういいかと。

チャンチャン♪

運動学習とニューロン新生

カテゴリ: 高椋浩史

こんにちは、高椋です。今日は前回に続いて学習シリーズ第2弾です。

今回は動作を学習している時に脳では何が起こっているのかについてを主に『脳を鍛えるには運動しかない』(NHK出版) という本からまとめてみました。

 実際に脳内で何が起こっているのかは複雑でいくつもの脳内物質が絡み合っているので、ここでは単純化しています。

なぜなら、今回の記事の目的は何かを教えている人や子育てをしている人に読んでいただいて、人間の学習機能がどのようにデザインされているかを知って頂くことだからです。そうすれば自ずと、理にかなった教え方・接し方が分かってくると思います。というわけで、より詳しく知りたい方は本を読んでみてください。

それでは、始めます。

<ニューロンの結合を促す物質>
まず、新しい動作を習得する際、脳の中ではニューロン(神経細胞)がつながって新しいネットワークが形成されます。その為には新しい経験とニューロンを育てる肥料のような役目をするBDNF(脳由来神経栄養因子)というタンパク質群が必要となります。
 
そして、最近の研究ではこのBDNFを増やすためには運動(特に有酸素運動)が有効だということが分かってきました。しかし、BDNFはストレスによって増えたり減ったりするそうです。

<ストレスとニューロン新生>
では、次にストレスに対して脳内ではどのような反応が起こっているのかについて簡単にまとめてみます。

脳にとって刺激(経験)は何でもストレスになります。そして、ストレスを受けた時に出るコルチゾールというホルモンが少量ならニューロンの結合を促すが、多すぎると阻害し、あまりに多すぎると破壊してしまうという働きをします。

つまり、ストレスには脳の成長を促すレベルから壊してしまうレベルまであるということです。俗に言うと良いストレスと悪いストレスですね。

<ドーパミンとやる気>
ドーパミンは刺激をニューロンに伝える神経伝達物質の一つです。これは、やった!できた!という達成感などの快楽を感じさせます。この快感を海馬が記憶し、もっとこの経験をしたい!という意欲が生まれます。

<ドーパミンとコルチゾールの関係>

ストレスを受けてコルチゾールが分泌されるとドーパミンが減少し脳の活動が低下します。

 ストレス多い  コルチゾール ↑ ドーパミン ↓  =  やる気ダウン、うつ傾向にも
 ストレス少ない コルチゾール ↓ ドーパミン ↑  =  やる気アップ!  
                  
   
<脳内でニューロン新生が起こり、新しい動作の獲得が起こる条件>

つまり、脳内にBDNFが適量あって(有酸素運動がオススメとのこと)、課題に心地よく取り組めているときは脳内のニューロンの結合が促進されるが、もし、それが悪いストレス状態になるとコルチゾールが増えて学習効果が起こらなくなるということらしいです。

そして、「出来た!」という体験がさらにドーパミンを分泌させて、もっとやろうという意欲につながるので、ますます上手くなるという循環が起こります。

<コルチゾールと指導についての考察>
 コルチゾールは生き延びるための働きをしてきたホルモンです。危険な目にあった時に生き残るためにとった方法(戦うor逃げるor固まる)などの記憶を強化し、その場に関係ない情報を遮断する働きがあります。なので、例えば、常に危険を感じていて身を守る為に殻にこもっていると、その回路だけを残して周りの関係ない回路を破壊するので、柔軟な対応(新しい選択)をすることが出来なくなります。さらに、そうなるとBDNFが不足するのでそこから抜け出すことが難しくなるということらしいです。

例えば、運動指導で起こりうる状況としては、いつも怒られて恐怖心を感じながらプレーしていると、コーチに怒られないためのプレーの回路だけが強化されて、その他の選択をすることが難しくなるということなどが考えられると思います。

では、ここでストレス耐性を上げてコルチゾールが出ないようにしたらいいのではないか?という疑問が湧いてきます。

答え。それは可能です!
例えば、メンタルトレーニングや瞑想などを実践するアスリートはプレッシャーのある状況でも平常心を保つことを目的として心のトレーニングをしています。ちなみに、アレクサンダー・テクニークも自分の緊張状態を把握し反応を変える訓練を行うので同じ目的で使う事ができます。
つまり、コルチゾールの分泌を抑制させる訓練をしているとも言えます。

もう一つは、昔ながらの理不尽なトレーニングもストレス耐性を上げることを意図していたのではないか?という疑問です。

これについては自発的に取り組んでいるか、やらされているかによって効果は変わってくるのではないでしょうか。つまり、ドーパミンが優位になれば効果があるし、コルチゾールが優位になれば学習効果は期待できないということだと思います。

例えば、サッカーの本田圭介選手や岡崎慎司選手などは自ら逆境に飛び込み、チャレンジを続けることで、プレッシャーのかかる状況でもコルチゾールがあまり分泌されない心の強さを獲得しているように見えます。

では、その逆の例はどうでしょう? 僕は昔対戦したことがある常に監督が叫んでいて、全員丸刈りのチームを思い出したんですけど。。。 みなさんも思い浮かべてみてください。 

<まとめ>
長々と書いてきましたが、要は適度な運動をして、ストレスが少ない状態で、自発的に学んでいる時にラーニングはより効率的に起こる、人間の学習システムはそのようにデザインされているということが最近の脳科学の分野でも分かってきたということが今日お伝えしたかったことでした。

みなさんも、自分の教え方や学び方を振り返ってみてはいかがでしょうか?

<おまけ> 

うつや不安障害とは?
 うつや不安障害は、ストレスによってコルチゾールが出過ぎて、まわりのニューロンを壊してしまい、ネガティブな反応に関する神経回路だけが残ってしまう状態だそうです。なのでまずはBDNFを増やす為に気持ちよく運動をしましょうということでした。他にも、ADHDや老化、依存症などにも運動は効果的だそうです。

僕はアレクサンダー・テクニークと運動を組み合わせたら面白いのではないかという感想を持ちました。

天才の学び方

カテゴリ: アレクサンダー・テクニークのこと 高椋浩史

こんにちは、高椋です。今日はラーニング(運動学習)について書いてみたいと思います。
 
 

まずは僕がレッスンで心がけていることにいて。

僕のレッスンでは

①知的に理解する → 理解したことをトライする → 分析、修正して再度トライ → 繰り返してできるようになる。

のではなく、

②まずは身体全体で体験してもらう → 何度も繰り返す(身体が微調整を行ってくれる) → 出来るようになる → 「あーそういうことか!」 という理解が起こる。

というプロセスで学んでもらうことを大事にしています。

なぜなら、①のプロセスで学ぶと時間が掛かりすぎるからです。

僕自身は頭でっかちだったのでまずは頭で理解してからやろうとし、ムダな緊張を作り出し、紆余曲折繰り返しながら学んできました。

自分は教える人になりかたったので、試行錯誤し、たくさん失敗したことが引き出しになっているので、まったく後悔はしていませんが。

しかし、肩こり腰痛を改善して生活の質を上げたい人、今年中にパフォーマンスを改善しないと来年はどうなるか分からない人、アレクサンダーテクニークを教えたい訳ではない人にとってはそんなことはどうでもいいでしょう(笑)

僕はラーニングには2種類あると思っています。上で挙げた①と②ですね。

①は、知的な学び、例えば、学校で学んだ算数、国語、理科、社会など概念や抽象的なことを学ぶ際に一般に使われている学び方です。

 *算数や国語などでも実際の経験や身体感覚を伴って教えた方が、子供達も習得しやすいという説もありますね。僕も賛成です。

一方で、身体動作を学ぶというのは②の学び方です。子供の頃、どうやって自転車に乗れるようになったか等を思い出してもらえれば分かり易いでしょう。

動作の習得には全身のバランスの微調整が必要なのですが、①でやろうとすると部分の修正に陥りがちになります。

例えば、野球選手が投球フォームを改善しようとした時に、肘の位置を少し変えたとします。本来はそれに伴って頭のてっぺんから足の先まで微調整が行われる必要があるのですが、肘に意識を向けているとそれが邪魔されてしまいます。

そうすると、余計な緊張が加わり、目指すところはどこだっけ?という状態に陥ってしまうのです。

全身のバランスの微調整というのは邪魔をしなければ身体(小脳)が勝手にやってくれるので、僕らがやるのは目的を持ってトライする。余計な邪魔はしない。ということになります。

 これについて最近、天才的な人を発見しました! 

皆さん既にご存知かもしれませんが、”みやぞん”というお笑い芸人さんです。

ある番組の中で空中ブランコとかコマ回しとかに挑戦し、出来るようになるまで帰れないというコーナーをやっているのですが、(動画で探してください。)彼の学び方というのは、②の学び方を恐ろしく高度にやっているのが分かると思います。

集中力、モチベーションを維持する為の休みの取り方、恐怖やできないという気持ちとの折り合いの付け方などなど、本当に見ていて学ぶところが多いです。なんというか一言で言うと、大きい子供が真剣にチャレンジしていると言うような感じでしょうか。

 もちろん、彼のもともと持っている身体能力の高さというのが高度な課題を達成することを可能にさせているのですが、彼のラーニングに対する姿勢というのは、誰でも真似することはできると思います。

という訳で、僕のレッスンは楽しく身体を動かしているうちにだんだん出来る、分かってくるというようにデザインしています。

 あ、でも、昔の部活みたいに意味も分からずやらせるということはあまりないと思います。ジャージ着て教えてますが(笑)

 自分の学び方、受け取り方にもパターン(習慣)があって、それがラーニングを邪魔していないかどうか、一度、チェックしてみると面白いですよ。

それが「ゆがみ」でないのなら

カテゴリ: 滝波日香理

こんにちは。
火曜夜を担当している滝波日香理です。

今年の上半期は開脚の本が大ベストセラーになりましたね。
今も本屋さんには股関節についての本がたくさん売られています。
本を読んで試した方も多いのではないでしょうか?
私も本を読んでストレッチなどを試すのは好きな方♪
先日私も、ある股関節のストレッチ本に書いてあった、
股関節の「ゆがみ」をチェックする、こんな実験をしてみました。

大きめの紙を広げて、その中央に立ちます。
目を閉じて、その場で50回足踏みをします。
足踏みを終えたときに立っている場所が、
スタート地点からどのくらいずれているかで、
股関節の「ゆがみ」のパターンを判定するテストです。

さて、やってみると笑撃の結果に……
20歩を過ぎたあたりで紙を踏む音がしなくなったので、
「んむっ?」と思って目を開けると、
同じ場所で足踏みをしているはずが、かなり前進していたのです。
3回やってみましたが、どれも同じ結果になりました。

解説によると、私は「前かがみ」タイプ。
股関節がズレて骨盤が前傾または後傾していて、
上半身が前かがみになりやすいとのこと。

ピンポーン! ハイ、そのとおり!
アレクサンダー教師になった今も、吾輩は猫背であります。
だけど、それが体の「ゆがみ」だとは思っていません。

「ゆがみ」を漢字で書くと「歪み」=「不正」。
なんだか自分を否定されたようなニュアンスを伴いますし、
その先には「正しい形」があるようにも思わせるので、
“動き”を教えるアレクサンダー教師として、
私は「ゆがみ」という言葉を使いたくないのです。

もちろん「ゆがみ」という考え方も理解できます。
その本が伝えている股関節の「ズレ」や「ゆがみ」は、
主に大腿骨と骨盤の関係性のことのように読めました。
大腿骨に対する骨盤の傾きがある固定した位置関係になり、
それが体に悪影響を及ぼす時に
「ゆがみ」という言葉が使われているようです。

固くなった筋肉をストレッチでほぐす。
それはとてもいいことだけど、
私は「ゆがみ」をその出発点にしたくはないんですね……

さて、実験の話に戻ります。
「前かがみ」タイプの私は骨盤が前傾しているようなので、
その傾きを変えるにはどうしたらいいかを考えました。
私は骨盤のことを考えるときに、背骨をはさんで反対側にある
「頭」もアイデアの中に含めてあげることにしました。

そして再び紙の中央に立ち、目を閉じました。
足踏みを始める前に、ていねいに自分の体に注意を向けます。
 頭と首の関係性はどうなっている?
 今この瞬間、足の裏と床の関係性はどんな感じ?
 重心はかかと側にある? それともつま先側?
その問いかけに答えるように、体の中でギュっとなっていた
膝・足首・胸・腕などが、少しずつゆるんで動いていきます。
それから私は足踏みを始めました。
その最中、下を向きたくなる自分に何度も気づき、
気づいた瞬間ごとに「上方向を思う」を繰り返し……

そうして50回の足踏みが終ったところで、
ドキドキしながら目をあけました。
今度は最後まで紙の上に乗っていられたうえ、
足元を見ると、印をつけておいたスタート地点から
ほとんど離れていないではありませんか!

上手く行った時のベースにある考え方は、
「体はもともと完璧にデザインされている」ということ。
自分がその完璧さを邪魔する何かをしているようなら、
それに気づいて、チョットやめてみる。

私の場合、股関節のズレとされたものは、
頭と脊椎の関係性が表れたものでした。
頭を含めた上体の重心が前に偏れば、体は倒れないように
股関節まわりの筋肉を固めてバランスを取ろうとします。
部分だけを見ていると、それは「ズレ」かもしれませんが、
からだ全体として見ると必要があってしていることなのです。

「ゆがみ」があるのではなく「していること」があるだけ。
そう思うと、ちょっと気が楽になりませんか?
動きに注意を向けていると、自分の動きが段々見えてきます。
レッスンでは、それを見つけるお手伝いをします。

体の発する小さな声

カテゴリ: 滝波日香理

こんにちは。
火曜夜を担当している滝波日香理です。

アレクサンダーテクニークを学び始めると、
自分自身の内側で起きていることに気づく力が発達します。

例えば音楽が好きな人が、たくさんの楽曲を聴くことで
微妙な音色の違いを聴き分ける力を育むように、
アレクサンダーテクニークでは、
自分の体に耳を澄ます練習を繰り返すことにより、
体の発する小さな声(筋肉の繊細な収縮)が聞こえるようになるのです。
その声は、いつも私に大切なことを教えてくれます。

数か月前のある朝のことです。
私は通勤のため駅へ向かって通りを歩いていました。
そのとき私は、ふと、横を走りすぎたバスの行き先表示を、
視線を止めて、じっと凝視している自分に気がつきました。

私には以前から一点を凝視してしまう強い強いクセがあって、
レッスンでもそのことをよく先生に指摘されていました。
でもその日は自分自身で気づけたので、我ながら大きな進歩です。

「それにしても、一体なぜ凝視してしまうのかな?
そのバスに乗りたかったわけでも、
行き先に興味があったわけでもないのに」
以来、心の右斜め上あたりに、
そんな疑問をぶらさげて毎日を過ごしていました。

そして先日のこと。
会社帰り、駅のホームに立っているとき、
またしても一点を凝視している自分に気がつきました。

「ああまたやってるな」と思ったそのとき、
答えが突然やってきました。

そうか、私はまわりの刺激を遮断したいんだ。

知らない人とエレベータで乗り合わせたときに、
階数表示を見つめてしまうようなときなどがそうです。
ちょっとした居心地の悪さを感じないようにするために、
どこかを凝視することで注意をそらしているのです。

バスの行き先表示を凝視していたあの朝も、
駅のホームに立っていたその時も、
意識できるほどの強い刺激があったわけではないけど、
私は目を動かさずに感覚を遮断して、
刺激に反応しないことで何かから身を守っていたのでしょう。

そのことに気づいた瞬間——私の目に風景が押し寄せてきました。
近くを歩く人、人、人、
走り去る電車の車両、
遠くに見える信号機の赤い光、
その向こうに広がる曇り空……

すべてが視界に入るがままにしてみると、
世界は実に色鮮やかで、みんな生きて、動いて、そこにいて…
なんだかきれいで、いとおしい感じがしました。
そして、その中に自分がいることにも気づきました。

「まわりに反応していいんだよ」と、
体の発する小さな声は、そんなことを教えてくれたようでした。

良い姿勢?

カテゴリ: 村上敬子

こんにちは、第1,第3金曜日に教えている村上敬子です。
吉祥寺の最近のお気に入りは、アトレのパン屋アンテンドゥです。

先日電車に乗っていたときのこと。
ゲーム機で遊んでいた小学校低学年の女の子に、お母さんが「もっと姿勢良くしなさい!」と叱っていました。お母さんの方を見ると、胸を張る動作をしています。いわゆる「気をつけ!」の姿勢です。

う〜ん、胸を張ったらゲームやりにくそうだし、せっかくの熱心な教育が悪影響をおよぼさないといいなと思いました。

最近、音楽界でも体の使い方に対する関心が高まっていて、
「アレクサンダー・テクニーク、知ってます。
 楽器を習っている先生が姿勢の勉強に熱心で。」
なんていう話もちらほらきくようになりました。

姿勢に関心を持ったときに「正しい姿勢」を目指すのではなく、
「その姿勢は、楽で自由に動けるかな?」
と考えてみるといいかもしれませんね。

「楽器奏者のための立つ・座る・構える」レッスン、次回は9/15です。
楽器の方もそうでない方もOK、ご参加お待ちしています!