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自立とはするもの? そうなるもの?

カテゴリ: アドバンスクラス

子育てをしていると、子供って心が満たされたら自分から自立していくんだなということが良くわかります。

こっちが忙しいときに限って、「だっこ」とか「遊んで」とか。あれ、わざとやってるんですね。

そんなときは、可能な限り一旦手を止めて言うことを聞いてあげると満足してその後は一人で遊んでくれます。

そんな感じで3歳、4歳と過ごしてきたのですが最近はちょっと成長したのか、こちらの事情も察してくれるようになってきました。

「成長したなー」と実感しています。

さて、アレクサンダー・テクニークを骨とかマッピングという感じでテクニックとして学んでいる人も多いと思います。

しかし、中には生き辛さとか心の問題をなんとかしたくて学んでいる人もいます。特に教師養成コースなどで本格的に学ぶ人にはこのような人が多いように感じています。

そういう人が、最初から自立とか成長ということを強調して学ぶとけっこう痛いことになることが多いと思います。

頑張りすぎちゃうんですね。自分を楽にするテクニックが、足りない自分を良くする為のテクニックになってしまってあちこちが痛くなったり、正しさとか、いい使い方とかにこだわりすぎてしまう。

習慣を作っている思考を変えると確かに変わります。でも、すぐ元に戻ります。

それは、心が満たされていないから。

僕は教師養成コースで学び始めた当初、周りの人を見て大変そうな人がたくさんいるなー(自分は大丈夫)と思っていました。

自分は変わる必要はない、ただサッカーを教えるのに役に立つテクニックを学びたいと思っていたような気がします。

でも、実際は相当な生き辛さを抱えていたにも関わらずそれに気づいてなくて、「好きなことやれてるし自分の人生は上手く行っているな」と思っていました。

そうとう痛い人ですよね(笑)

師匠からは卒業してから「入学当初、緊張が強過ぎて教師になれるかどうか分からないと思った2人のうちの1人だ」と言われました。(笑)*もう一人もちゃんと先生になっています。

そんな僕が卒業して教師になれたのはたくさんの先生方や、一緒に学んだ仲間のおかげです。

アレクサンダー・テクニーク教師はテクニックを教えている傍らで、生徒を受容し自己肯定感を高めてもらうということも行っています。

その元になっているのは、教師自身がどれくらい自分を受容できているかということです。

ベテランで魅力のある教師達は、その部分が特に優れているなと思います。

自分を変えよう、成長させようと一人で頑張る道もあると思いますが、大変な時には誰かのサポートを受けるのもいいと思います。

そうして心が満足したら、自然と自立してテクニックを自律の為に使えるようになります。

自分が楽になったら、自然と他人にも手を差し伸べられるようになるでしょう。義務感とか優越感からではなく。

僕は最近では自立は頑張ってするものではなく、周りの人との関係性の中で育まれ自然とそうなるものだと思うようになりました。

                                by 高椋浩史

“自立とはするもの? そうなるもの?” への1件のコメント

  1. 滝澤陽子 より:

    高椋さん、お世話になってます。
    初めて、読ませていただきました。
    今まで、見てたのに気付かなかったのです。

    無為・being・・・私もそうありたい。

    山よりも谷のような存在になりたいと思っています。

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